混雑した台北の夕方の街角で、バイクが縦横無尽に行き交い、車がゆっくりと進む光景は、台湾の人々にとってお馴染みの通勤風景だ。今、車のわずか3分の1のサイズでありながら、バイクの機動性と車の遮蔽性を兼ね備えた全く新しい乗り物「キャビン付きスクーター」が、この交通風景を一変させようとしている。元トヨタ自動車のチーフエンジニアである谷中壮弘氏が設立した、日台共同スタートアップ「Lean Mobility」は、今年4月初旬、個人向けキャビン付きスクーター「Lean3」の予約販売を台湾で正式に開始した。
注目すべきは、32万8000台湾ドル(約150万円)という価格設定に対し、ネット上ですぐに「中古車や最高級スクーターなら10分の1の価格で買える」という熱い議論が巻き起こったことだ。価格を巡る議論に対し、Lean MobilityのCEOである谷中壮弘氏は『數位時代』のインタビューで、率直な姿勢を見せた。「価格の高低は市場の評価に委ねるが、将来的には『サブスクリプション(リース)』モデルの導入も検討し、ユーザーの利用ハードルを下げていきたい」
しかし実際には、Lean Mobilityは台湾市場への参入当初、B2Bの法人顧客を第一のターゲットとしていた。ところが法人市場での需要は予想をはるかに上回り、予約開始初日の注文数は500台を突破したのである。
単なる新しい移動手段ではない――車体の下に隠された「無人シャトル」への野心
Lean3を単なる高価な移動手段(コミューター)と見なすだけでは、このスタートアップの野心を過小評価することになる。
ハードウェアの量産はあくまで第一歩に過ぎない。谷中壮弘氏は、将来の最終的な目標として、Lean3を未来の「MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)」と「自動運転」の領域へと押し上げることだと語る。
実際、Lean3は設計当初から、ステアリング、アクセル、ブレーキを含むすべての制御システムに、ドライブ・バイ・ワイヤ(Drive-by-wire)技術を全面的に採用している。簡単に言えば、生まれながらにして無人車への改造ポテンシャルを秘めた乗り物なのである。
「将来の主要な利用シーンには、無人車サービスも含まれます」と、Lean Mobilityの投資家である楊涵淳氏は指摘する。TSMCなどの大規模な閉鎖型工場エリアを例に挙げると、将来は先導車が小型の信号発信器を装着するだけで、後続のLean3がシステムを通じて自動的に「追従」し、まるで無人運転のような車隊(プラトーン)による送迎を実現できるという。「2028年から2031年にかけて、欧州や日本のロボタクシーに関する法規制が整備されるにつれ、この車両の潜在能力が本格的に開花すると予想しています」
なぜ台湾を「キャビン付きスクーター」の最初の舞台に選んだのか?
しかし、自動運転のビジョンが実現する前に、なぜLean3は台湾の企業市場での突破口を開くことを選んだのだろうか?
「これは実は、企業の『TCO(総所有コスト)』と『利用シーン』を考慮した結果です」と楊涵淳氏は説明する。桃園工業団地を例にとると、多くの従業員や施設管理者は数キロ離れた工場間を移動する必要があるが、バイクに乗れば風雨や排気ガスにさらされ、車を使えば駐車スペースの確保が難しく維持費もかさむ。Lean3はまさにこの空白を埋める存在なのだ。
これまで台湾で多くの純電気自動車(BEV)や電動バイクの普及が制限されてきた理由は、排他的なバッテリー交換ネットワークや、公共充電スタンドへの過度な依存がネックになっていたからだ。これに対し、谷中氏は、Lean3の設計の核心は「どこでも充電可能」である点にあると述べている。同車は100Vおよび200V(台湾の110V/220V)の家庭用電圧に対応しており、これは台湾の戸建て住宅、工業団地の工場、さらには一般的なコンセントを備えた地下駐車場でも、直接充電が可能であることを意味する。
また、「まずはB2Bから始めることにしました。企業には明確な管理者と利用シーンがあるからです。これにより、初期のメンテナンスネットワークを構築している段階でも、車両の状態を正確に把握し、迅速なサポートを提供できるため、サービス開始直後から一般大衆に迷惑をかけることを避けられます」と、谷中氏は法人向け販売を先行させる理由についてさらに説明を加えた。
i-ROADからLean3へ――台湾市場の声を反映した「4つの進化」
なぜ台湾を世界初の発売地として選んだのか?谷中氏は、台湾との縁は2013年にさかのぼると語る。当時、彼はトヨタで「i-ROADコンセプトカー」プロジェクトを主導していた。「当時、バイクのように車体を傾けて(バンクさせて)コーナリングするのに、自動車のような包み込まれる安心感を持つi-ROADをグローバルで発表しテストを行った際、最も前向きで熱烈なフィードバックをくれたのが、まさに台湾の人々でした」。台湾は人口が都市部に極度に集中しており、バイクの利用密度も高いため、人々は小型車両を活用した移動に非常に長けている。「その時から、私は必ずキャビン付きスクーターを台湾の消費者に届けると決心したのです」
市場ニーズが合致していることに加え、台湾のサプライチェーンこそが、Lean Mobilityが量産を実現するための鍵となっている。
谷中氏によると、トヨタを離れて2022年に会社を設立し、独立して運営を始めてからわずか3年半しか経っていないが、台湾の現地部品サプライヤーの協力がなければ、Lean3は決して順調に世に出ることはできなかったという。現在、このキャビン付きスクーターは「日本で開発、台湾で生産、グローバルで販売」というビジネスモデルを採用している。
しかし、コンセプトカーが市場に投入されるまでの道のりは、決して順風満帆なものではない。かつてのi-ROADは注目を集めたものの、実際のクローズドテストでは日常使用にそぐわない多くの問題が露呈した。
谷中氏は、今回のキャビン付きスクーターにおける「4つの大きな変更点」を率直に語った。まず、慣れにくい後輪操舵(リアステア)を廃止し、大衆が直感的に操作できる前輪操舵(フロントステア)に変更した。次に、多くの人々からの「エアコンがないと乗りたくない」というリアルな声に応え、空調システムを標準装備とした。
さらに重要なのは、Lean3の航続距離が初期の50kmから100kmへと倍増したことだ。キャビン空間も再計算され、大人が快適に乗車できるだけでなく、市販のチャイルドシートを直接取り付けることも可能となり、家庭の送迎ニーズにも応えられるようになった。そして、トヨタの深いノウハウに基づくダイナミックコントロール(動的姿勢制御)とシャシー技術により、この3輪EVはどのような路面でのコーナリングでも、決して横転することなく絶対的な安定性を保つ。
「実は、キャビン付きスクーターにおいて最も難しい技術は『ダイナミックコントロール』なのです」と、投資家の楊涵淳氏はさらに説明する。極めて狭い車体でコーナリング時の横転を防ぐためには、極めて高度な電子システムとソフトウェア制御が必要となる。ドライバーがステアリングを切ると、車載コンピュータが瞬時に重心と傾斜角度を演算する。もしオーバースピードでの進入を検知した場合、システムが自ら介入して速度を制限するため、Lean3は高速走行時(最高速度80km/h)でも安定性を保ち続ける。
世界中の大手自動車メーカーがますます大型化する電動SUVを製造する中、谷中壮弘氏はあえて逆の道を歩み、「引き算の哲学」を用いて、混雑した都市の路地裏で軽快に移動する可能性を取り戻そうとしている。台湾の交通部(日本の国土交通省に相当)が法規改正を公告したことに伴い、早ければ2026年下半期には、小型車免許を保有する一般市民もこの種のマイクロEVを合法的に運転できるようになる見込みだ。しかし、台湾初のキャビン付きスクーターであるLean3は、今後台湾市場で確固たる地位を築けるだろうか?公道での走行が始まってからが、真の試練となる。
本記事は『數位時代』より転載許可を得て掲載しています。著者:郭采樺、訳者:葉宇翔、原題:首款駕艙機車將上路,一台32.8萬引爆討論!專訪Lean Mobility執行長:我為何選擇台灣?