口内炎は、多くの人にとっては時折の小さな悩みに過ぎません。しかし、がんと闘い、化学療法や放射線療法を受けている患者にとっては、口腔内がまるで火山の噴火のように激しく痛み、唾液を飲み込むことすら拷問のように感じられる「口腔粘膜炎（Oral Mucositis、OM）」は、生活の質を破壊し、さらには治療を続ける気力さえも奪う大きな悪夢です。

この長年見過ごされてきた激しい痛みこそが、新興企業「聚動分子（JUDONG Molecular）」を生み出しました。同社が開発した口内炎用の「口Kバン」や「口合テープ」などの粘膜貼付剤は、台湾のTFDA（台湾食品医薬品管理署）によるクラスⅠ医療機器認証を取得し、薬局の流通に乗り、台北栄総病院などの大規模医療センターでの普及が始まっています。患者にとって、これまでにない粘膜の傷口治療の新たな選択肢を提供しています。

これらの貼付剤は、潤った潰瘍の傷口に直接貼り付けることで、防護膜の役割を果たし、食事や唾液、話すことによる引っ張りで起きる激しい痛みを効果的に和らげます。同時に刺激を遮断し、傷口を保護し、粘膜の治癒に適した環境を作り出します。

現在、台湾市場での基盤を築いた後、聚動分子は積極的に国際認証の取得と市場拡大を目指しており、「ちゃんと食事ができる」可能性を世界中のより多くの患者に届けたいと考えています。

このすべての始まりは、代表の廖時雍自身の痛みからでした。「私はもともと口内炎がよくできる人で、市販の口内用軟膏は効果が限られているとずっと感じていました。」口内炎という小さな悩みを深く研究していくうちに、がん患者が治療に伴って経験する重度の口腔潰瘍は、非常に大きく、痛みも激しく、未解決のニーズがあることに気づいたのです。「それは単なる小さな穴ではなく、口の内壁全体が潰瘍化し、痛すぎて食事や会話ができず、治療意欲や生活の質に深刻な影響を及ぼします。」

患者の無力さと医療のギャップを目の当たりにし、創業の決意が徐々に明確になりました。廖時雍はこの痛みを見過ごさないと決心し、ゼロから挑戦を始めました。

生物粘着技術で修復ビジネスチャンスをどう掴むか？

臨床現場では、医師たちががんと全力で戦う一方で、化学療法によって引き起こされる重度の口腔粘膜炎に対しては、ほとんど打つ手がなく、多くの場合、痛み止めや効果の限られた口内用軟膏で症状を緩和するにとどまっています。

「患者はがんに立ち向かうための自信が必要ですが、副作用が先に彼らを打ちのめしてしまうことがあります。」と廖時雍は患者の苦境を指摘します。しかし、口腔粘膜という極めて“湿潤”で、咀嚼や会話による“動的”な引っ張りに耐えなければならず、さらに傷口が非常に“脆弱”な複雑な環境に対して効果的な被覆材を開発すること自体が大きな挑戦なのです。

市場にある多くの乾燥肌向け製品は、唾液や体液に触れると容易に効果を失い剥がれてしまいます。聚動分子が最終的に開発したのは、コアとなる浸透型粘着技術で、これは粘膜の傷口閉鎖や手術時の止血、薬剤の送達などにも応用可能です。「無数の微細な分子の糸が組織表面に深く入り込み、密接に絡みつくようなイメージです。」と廖時雍は説明します。特殊な親水性高分子材料の微細構造設計と製造工程のコントロールにより、分子は粘膜表面の水分を貫通し、唾液などの汚染から傷口を数時間にわたり守り、治癒に適した環境を作り出します。

しっかりと粘着するだけでなく、口腔内の絶えず変化する動的環境にも対応できなければなりません。
「日本には小さな口内炎用のパッチがありますが、より広い範囲の潰瘍や歯科手術後の傷口に使う場合、パッチにはさらに優れた伸縮性と弾力性が必要です。そうでなければ、咀嚼や会話時の引っ張りに耐えられず剥がれてしまいます。」と廖時雍は説明します。チームは材料の選定と構造設計に細心の注意を払い、パッチが粘着性を保ちながらも十分な伸展性と復元力を備えるようにしています。

さらに重要なのは、被覆材の取り外し方法です。
廖時雍は、「脆弱な口腔粘膜や体内に適用する場合、パッチを剥がすことは耐え難い痛みや二次的な傷害を引き起こす」と指摘します。
そのため、聚動分子はトウモロコシでんぷんやアルギン酸ナトリウムなど、食用で体内で吸収・分解される植物由来の材料を採用し、被覆材が保護の役割を終えた後は自然に溶けて消失する設計としています。

現在、聚動分子はこのコア技術を商品化に成功しています。口腔内用の「口Kばん」や、口腔内用の人工皮膚に類似した「口合貼」は、台湾TFDAの第一級医療機器認証を取得し、潰瘍の傷口を覆う用途で薬局で販売されています。また、チームは「液状タイプ」の被覆剤も開発しました。これは塗布後に粘膜表面で保護用のゲルを形成し、パッチが届きにくい喉の奥などの部位にも容易に使用できるため、より包括的なケアを提供します。この液状タイプは現在、台湾TFDAの許認可申請中です。

聚動分子の実践的な市場戦略：迅速な検証と反復的な前進

「一般的な材料を使っているけれど、配合比率や製造工程を正確に調整することこそが本当のノウハウだ」と廖時雍は笑いながら語ります。彼はよくコカ・コーラのレシピに例えます。パッチの成分はよくある食用材料ですが、本当の鍵は製造工程にあり、「製造工程のほかに運もある。私たちも数百種類の配合を試して、ようやく突破口を見つけたんだ」と。

すべての起業ストーリーは、未解決の強い課題感から始まることが多いです。廖時雍にとって、その課題はあまりにも身近なものでした。彼は清華大学の医療工学科を卒業し、材料科学の研究科出身の起業家ですが、最初は起業するつもりはありませんでした。しかし、大学院時代に学術研究と実際の応用との距離感に少し疲れを感じ、より実地で臨床問題を解決できる道を模索し始めました。

「資金もなく、リソースもなく、人脈もなく、さらに仕事の経験もなかった。あの頃は本当にやりながら学んでいて、何もわからなかった」と廖時雍は笑顔で振り返ります。あれは車庫精神あふれる苦難の時期でした。極端に限られた資源のなか、彼とチームは数え切れない配合試作と繰り返しの実験に没頭しました。このゼロからイチを生み出す過程に約2年を費やし、無数の失敗と調整を経て、ようやくコア技術の原型を磨き上げました。

技術がある程度の成果を出すと、彼は試作品を携えて臨床医師に接触し、フィードバックと検証を求めました。幸運なことに、製品の可能性は数人の医師に認められ、彼らが聚動分子の最初のエンジェル投資家となり、貴重な初期資金と臨床のアドバイスを提供しました。こうしてチームは2021年に正式に会社を設立し、本格的な事業化の旅路へと踏み出しました。

多くの医療機器スタートアップが最初から高リスクの埋め込み型医療機器に挑戦し、多額の資金を投じて長期間の認証取得を待つのに対し、聚動分子はより現実的な戦略を採用しました。彼らは比較的リスクレベルの低い口腔粘膜炎用途を初戦とし、2023年に台湾のTFDA認証を迅速に取得しました。

「これは多くの医療機器や薬品開発の仲間たちを観察した経験から得た教訓です」と廖時雍は語ります。多くの医療機器や新薬が認証取得に10年以上かかり、市場投入後に市場ニーズに合わないことが判明するのを目の当たりにしてきたのです。チームはリスクレベルの低い製品から先にリリースし、市場での検証を迅速に行うことにしました。この戦略により、臨床現場で早期に製品を検証し、フィードバックを収集できるようになりました。

認証取得後、チームは約1年をかけて市場開拓に取り組み、医師に試用してもらい、適切な代理店パートナーを探しました。医師からの厳しい意見や叱責も日常茶飯事でした。

「しかし、それによって市場が何を求めているか、どう製品を調整し、市場教育を行い、病院の購買部門や代理店とどうやり取りするかを早く知ることができました」と廖時雍は笑います。このように使用者や流通現場のフィードバックに直接触れたことで、最初の製品である「口腔粘膜用パッチ」を徐々に改良し、薬局の流通に成功。2024年末には台北栄総病院での販売促進も開始しています。

振り返ると、卒業してすぐに起業し、高い参入障壁のある医療機器分野に飛び込んだのは、まるで初心者村を抜けてすぐに最難関のステージに挑戦するようなもので、挑戦の連続でした。数百回の失敗を経験し、加速器や研修プログラムでも最年少チームであり、業界経験も不足していましたが、その若さが強みでもありました。

「先輩方に比べて、僕たちはリスクを負う余地が大きい」と廖時雍は言います。「もし製品がダメでも方向転換する時間はあるし、本当に無理なら潔く手を引いて仕事を探すこともできる。」

このような寛容さと柔軟性は、聚動分子と流通パートナーとの協力にも表れています。「代理店と価格設定や市場戦略を話し合う時、あまりこだわりすぎず、彼らの専門性を尊重して『あなたたちはプロだから、決めてください』というスタンスです」と廖時雍は語ります。会社経営には柔軟性が不可欠であり、拒否や失敗のリスクを恐れず受け入れる勇気も必要だと考えています。

国際視野：米国FDA取得を目標に、グローバル資源をつなぐ

台湾市場で初歩的な成果を収めたものの、聚動分子の視線はすでにグローバルな舞台へと向いています。そのため、チームは国内外の主要展示会やアクセラレータープログラムに積極的に参加し、これらを国際への扉を開き、世界中のリソースをつなぐ重要な機会と捉えています。具体的には、国家発展委員会（国発会）と米国バークレー大学のSPHアクセラレーターへの選抜、日本の有名アクセラレーターPlug and Playなどがあります。

これらの国際経験は単なるチャンスだけでなく、深い文化的衝撃と学びをもたらしました。廖時雍氏は率直に語ります。「海外に強制的に送り出される経験の価値を痛感しました。例えばアメリカで投資家にピッチする際は、単なる箇条書きの報告ではなく、ストーリー性を強調する必要がありました。快適な環境から抜け出し、現地のスタートアップや病院、潜在的なパートナーと直接交流することで、多くの人と知り合い、異なる働き方を見ることができたのは貴重な経験でした。」

さらに、展示会への積極的な参加は具体的な成果ももたらし、後に重要な日本のパートナーとも出会うことができました。現在、聚動分子はカナダのブリティッシュコロンビア大学や日本の国立がん研究センターなどと初期の研究協力やコミュニケーションチャネルを構築しており、Plug and Playを通じて日本市場の協力顧問も見つけています。

米国・日本市場での経験を経て、チームは現地の規制という「入場券」がなければ、多くの実質的なビジネス協力が難しいことを痛感しています。

「多くの場合、交渉の最後に『許認可をまだ取得していない』と言われて、それ以上話が進まないことがよくあります」と廖時雍氏は語ります。だからこそ、今年の最大の目標は米国FDAの医療機器認証取得です。彼はこれが単なる技術的マイルストーンではなく、グローバル市場を開き、国際的大手企業や流通業者と深い協業を進めるための基盤であると強く強調します。そのため、現在チームは初の外部資金調達を行っており、主に米国FDA認証取得、液体ドレッシング製品の上市、初期生産能力の拡大に使われる予定です。

個人の課題から出発し、医療流通への着実な進出、国際資源との連携へと歩みを進める聚動分子は、台湾の若いバイオ医療スタートアップの粘り強さを体現しています。独自の湿潤組織接着技術を武器に、今後は体内傷口治療や薬物送達など、より広範な応用分野へコア技術を展開し、グローバルなバイオ医療市場で新たな可能性を切り拓くことが期待されています。

会社情報

会社名：聚動分子（Moleculex）
設立年：2021年
製品名：黏膜黏著膠帶MuCover® Tape、生物黏著劑MuCover® Glue、口合貼® 口內傷口敷料
[公式ウェブサイト1